2019年11月4日月曜日

抗生物質乱用時大と日本人の健康

『医者要らず健康長寿処方箋』
「抗生物質乱用時代と日本人の健康」
   20世紀後半には多くの国で抗生物質を利用できる様になり、日本では国民病であった結核が制圧され、乳幼児死亡率も激減して世界最長寿民族になった。しかし、現代では抗生物質の過剰使用によるデメリットが大きな社会問題となっている。免疫力の強化時期である小児期には風邪、咽頭炎、中耳炎などに罹り易いが、その多くは薬を使わなくても自然治癒する。風邪などのウイルス性疾患には抗生物質は無効である。多くの小児科医はその事を熟知しているが、子供を心配した母親にせがまれて抗生物質を処方することもあり、通常の病院では混合感染などを心配して多くの医師が抗生物質を気軽に処方している。しかし、小児への抗生物質投与は全身の共生細菌叢に大きく影響して様々な病態を誘起しうるので使用は最小限に止める必要がある。
   米国で最近行われた大規模研究で、腸内細菌に有効なペニシリンやセファロスポリンなどの抗生物質が大腸癌のリスクを増加させることが判明した。英国で1989~2012年の間に大腸癌に罹患した約3万人の患者で行われた大規模試験では、抗生物質を60日以上投与された患者では結腸癌が17%増加し、直腸癌のリスクは逆に15%低下することが判明した。大腸でも結腸と直腸では共生している細菌叢も異なり、抗生物質の影響も両部位で異なる可能性がある。抗生物質による腸内細菌叢の変化と発癌の関係解明は今後の課題であるが、大腸癌を予防するには定期的運動、肥満防止、禁煙、節酒、赤肉を控えた食物繊維の多い食生活が有効である。カリフォルニア大学での研究により、新生児期の腸内細菌代謝物が小児期のアレルギー疾患や喘息のリスクに大きく影響する可能性が示唆されている。腸内細菌叢のバランスが悪い乳児では糞便中にリノレン酸の酸化代謝物(12,13-diHOME)が多い。この代謝物には制御性T細胞(Treg)を抑制してアレルギー性炎症を誘発させる作用が知られている。事実、生後1ヶ月の乳児糞便中の酸化代謝物の濃度や産生酵素の遺伝子コピー数から2歳時におけるアレルギー疾患や4歳時における喘息の発症リスクを予測することが可能である。小児期の腸内細菌叢のバランス異常は後にアレルギー疾患や喘息を増加させる可能性が高い。
   抗生物質の過剰使用に関してはピロリ菌の除菌も大きな問題である。過酷な胃内環境で共生してきたピロリ菌が胃炎の原因であるとの研究に対してノーベル賞が授与され、94年にはWHOの国際癌研究機関がピロリ菌を胃癌の原因と認定した事により、彼らは一気に“悪玉菌”の代表に祭り上げられてしまった。この為に日本では中学生を含む広い世代を対象にピロリ菌の検査や除菌を勧める自治体が急増している。佐賀県では県全体で、北海道、秋田県、新潟県、大阪府などでは多くの自治体で中学生を対象にピロリ菌の検査が行われている。しかし、中学生にピロリ菌の検査が必要か否か、副作用の多い抗生物質を無症状の若者に投与しても良いのかなど、検査や除菌に関しては未だに推進派と慎重派で意見が大きく対立している。除菌に用いる抗生物質はピロリ菌のみならず広範囲の腸内細菌を殺し、多剤耐性菌の出現、肥満、逆流性食道炎、食道腺癌の増加など様々な副作用を誘起する可能性が知られている。現在は成人を対象にピロリ菌検査を含む胃癌検診と従来の胃癌検診を比較して除菌の安全性や有効性を検討している段階である。2018年には日本小児栄養消化器肝臓学会が“15歳以下の無症状の子どもに胃癌予防目的でピロリ菌の検査や除菌を行うべきではない”とのガイドラインを発表した。このガイドラインでは、除菌による胃癌予防効果は40~49歳で93~98%、40歳未満では100%に近い事から“成人を対象にした検査で十分である”と結論している。中学生を対象に抗生物質を投与する事の危険性やアレルギー性疾患の増加も懸念されており、安全性が確認されていない段階で自治体主導型の検査や除菌が実施されていることに対して危機感をおぼえている研究者は少なくない。中学生を対象とする除菌推進派も子供の将来を真剣に考えてはいるが、俯瞰的視点とバランス感覚を欠いた真面目さは将来に禍根を残しかねない。20万年以上も人類と共に共進化してきたピロリ菌の真の役割は未だ霧の中である。“存在するモノにはそれなりの理由がある”との不可知論的謙虚さを持つ事が医学研究の基本である。先の大戦で焦土と化した祖国の山々に“驚異的な勤勉さ”で大量の杉を植林してから半世紀後に、日本人の三割以上が“国民病”の花粉症や食物アレルギーなどで苦しんでいる現状と“失敗の本質”を歴史的に再考する必要がある。

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