2019年11月6日水曜日

癌に罹った医者の治療法選択

『医者要らず健康長寿処方箋』
「癌に罹った医者の治療法選択」

生まれては死ぬるなりけりおしなべて 釈迦も達磨も猫も杓子も(一休禅師)

   死の多くは他人事であるが、自分が癌に罹ると圧倒的な現実として迫ってくる。日本では癌が死因の1位となり、高齢者の2人に1人が癌に罹り、3人に1人が癌で死ぬ時代となった。2014年には75万人が癌と診断され、2016年には37万人以上が癌で死亡した。癌は世界的に増えているが、その多くは発展途上国である。欧米先進国では癌が毎年5%程減少しており、先進国で増えているのは日本のみである。世界最長寿国日本と2位以下の先進国の平均寿命の差は僅かなので、日本のみで癌死亡率が増加している理由は他にある。「癌は早期発見早期治療が重要」と考えられているが、肺癌、食道癌、膵臓癌などは初期でも転移や術後の再発が多い。悪性の癌は手術で除去しても既に転移していることが多く、早期発見や早期治療には大きな限界がある。癌の進行速度も種類により異なり、定期的に癌検診を受けても進行が速いものでは発見された時にはかなり進行していることもある。一方、前立腺癌や子宮頚癌では転移や再発が少ないので、検診で早期発見できても生存率はあまり変わらない。事実、高感度のPSA検査で早期発見された前立腺癌は過去30年間で10倍以上増加したが、死亡率はむしろ増加傾向を示している。欧米では治療成績を向上させないPSA検査は逆効果であるとして廃止されたが、日本では未だに前立腺癌の早期発見法として汎用されている。
   日本では“癌は先ず手術で”と治療に手術を優先させる事が多い。しかし、医師が癌に罹った場合には選択される治療法はこれとは少し様子が異なる。癌診療に従事している医師553名に“自分が癌に罹ったらどの様な治療を選択するか?”をアンケート調査した結果、大半の医師は「手術を避けて心身の苦痛を和らげる緩和ケアを選択する」をトップに挙げた。手術を選んだ医師は僅か8%に過ぎず、その主な理由は「ダメもとでもチャレンジしたい」であった。化学療法を選んだのは16%で、その理由は「効果と副作用を試した後に緩和ケアを受ける」であった。放射線療法と化学療法の併用を選んだのは15%で、「治る可能性は低いが最善を尽くしたい」との理由が多かった。医師が罹りたくない癌のトップは膵臓癌であり、次いで肺癌、食道癌、咽頭癌、喉頭癌、脳腫瘍などが続いた。何も症状が辛くて予後が悪く、治療も難しくてQOLが低下する癌である。特に膵臓癌は有効な治療法がなくて予後も悪く、肺癌では呼吸困難、食道癌や咽頭喉頭癌では食事や発声が困難でQOLが低下する事が恐れられている。全ての癌でIII~IV期の場合に選択された治療法は緩和ケアであり、 5年生存率が低いIV期では積極的治療よりも痛みなどの症状緩和でQOLを維持したいと考えている。肺癌のIV期では治療するメリットはないと考えており、抗癌剤などなで余命が少し延びてもQOLは悪くなる。体が弱っている患者では抗癌剤などを使わずに緩和ケアのみの方が遥かに予後が良いのである。
     私は1970年の大阪万博の年に大学院で癌の研究を始めたが、その頃に乳癌で奥様を亡くされた恩師が“過去50年間の癌治療研究は敗北の歴史だった”と呟く様に言われた。それから半世紀の間に遺伝子治療や免疫療法など様々な治療法が現れて多くの医師や患者を期待させてきたが、その大半は泡沫のごとく消えていった。最近、リンパ球の免疫的チェックポイントを制御する抗体医薬が開発され、“今度こそ本当に効きそうな免疫治療法が開発された!”と大きく期待されている。この異常な期待感は“従来の免疫療法の大半が無効であった事”を示唆している。この抗体医薬は皮膚癌で有効だった事から肺癌などへの適用が期待されているが、肺癌での有効性は10名中1~2名と意外に低い。ヒトは不都合なモノを非自己と見なしたい無意識的欲を持っている。2万5千種の遺伝子の極一部が変異した癌細胞は正常細胞と同様に圧倒的な自己であり、これを非自己と認識して選択的に排除する事は難しい。“免疫力は強い程良い”との考えがあるが、これは誤りである。免疫力が強すぎると自己免疫疾患やアレルギー疾患に罹る。陸海空の軍事バランスと同様に免疫力にもバランスが大切なのである。この抗体は免疫系のアクセルを踏んでブレーキを外す治療薬なので癌細胞のみならず正常細胞をも攻撃する可能性が高く、その有効性と副作用のバランスを慎重に見守る必要がある。ところで肺癌患者に対する本抗体医薬の延命効果は意外に低い様であり、欧米では費用対効果の観点から保険適応は大きく制限されている。本剤の日本での価格は米国の2倍、英国の5倍と異常に高く、これを高齢者が利用すると国民の保険医療制度を崩壊させかねない。医療経済学的英知と加齢現象である癌を自然体で受け止める死生観が問われるところである。

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